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「人材・躍進の年」への提言

創価学会の来年のテーマは「人材・躍進の年」だそうである。創価学会は巨大組織であるから、人材も豊富ではあるだろう。
ただ、人材は豊富でも、眠っている人材もかなり豊富だ。当ブログでも以前に書いたが、支部の学会員の名簿にはずらりと部員の名前が載っているのに、その中で実際に学会活動をしている者はほんの一握りだけで、あとの大多数の学会員はいわゆる休眠状態、あるいは退転状態であった。

その事について思いだす話がある。筆者が学会員だった頃、出席していた男子部の会合で、本部長が「創価学会には確かに普段、会合にも学会活動にも出てこない、信心が休眠状態の者もいる。しかし、そういう者達の中にも、学会に一大事が起きた時、そういう「いざ!」という時に学会を護る為に馳せ参じて来る者達もいる」というような話をした事があった。
学会に一大事が起きた時というのは、創価学会が弾圧を受けたり、他の勢力と争いを起こした時という意味なのであろう。
そんな本部長の話を聞きながら、筆者は「そんな奴が本当にいるのかな?」と思ったものであった。

それから間もなくして、創価学会は日蓮正宗と決裂し、敵対し争うようになったのだが、それこそが本部長が言っていた「学会に一大事が起きた時」に他ならないと言えるだろう。
では、この学会の一大事の時、この「いざ!」という時、普段休眠状態の男子部員がどれだけ学会を護る為に馳せ参じてきたかというと、1人も馳せ参じては来なかったのである。
要するに、普段学会活動に出てこない者は、創価学会に一大事が起きても、出てこないという事だ。眠った状態の者は創価学会に何があっても眠ったままという訳だ。
まあ、そんなものであろう。普段学会活動を嫌っているような者が、創価学会に一大事が起きたからといって、学会を護る為に出てくるなどという間抜けな事をする訳がないだろう。学会活動に出てこないような者にとって、創価学会に何が起きようと知った事ではないだろう。

このように創価学会には、眠れる人材がたくさん埋もれているようだから、来年のテーマは「人材・躍進の年」という事でもあるので、せいぜい眠れる人材を揺り起して、躍進させてくれたまえと、創価学会には提言しておきたい。
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広宣流布で仏国土は実現するか

創価学会の目標は言うまでもなく「広宣流布」にあり、日蓮仏法を全世界に広める事にある。
以前の創価学会は、広宣流布した暁には、戦争も犯罪も災害さえもなくなり、日蓮仏法を基調とした善政により皆が幸福になる仏国土=理想社会が実現する、と夢物語のような事を大真面目に主張していたものであった。
近頃は少しは現実的な定義付けをするようになったようだが、それでも世界中に創価学会の信者が増えれば、戦争も犯罪もない、より良い理想社会が実現できる、と主張している点は同じである。
しかし、このブログで今まで述べたように、今でさえ同じ学会員同士でもめ事を起こしたり、学会員から多数の犯罪者が出ているというのに、広宣流布を達成した途端に学会員同士のもめ事もなくなり、皆仲良くなり、犯罪も消滅してしまうなどという事はあり得ないだろう。それがあり得ると言うのなら、それこそ夢物語というものだろう。

筆者は以前にこのブログで、創価学会に入信して学会活動さえすれば自然に善い人間になり、善い生き方ができるなどという事はあり得ないと書いたが、それと同じように、世界中に学会員が増えても、自然に世の中や社会が良くなるなどという事はあり得ないと断言しておく。何度も言うが、それが実現できるというならそれはただの夢物語に過ぎない。

そもそも創価学会が広宣流布を達成する事自体が実現不可能な事であるし、仮に広宣流布を達成して世界中の人間が学会員になっても、相変わらず学会員同士の争いや学会員による犯罪が増えるだけであろう。何しろ世界中の人間が学会員なのだから、犯人も学会員、被害者も学会員、その犯人を捕まえる者も学会員、犯人を裁く者も学会員という事になるだろう。

確かに人生や社会に理想を持つ事は必要な事ではあるが、創価学会のような問題のある集団が広宣流布を達成しても、世の中が良くなる可能性は極めて低いという事は断言できる。

創価学会の犯罪者

前回は学会員同士のトラブルを主に書いたが、そのトラブルの内容は犯罪すれすれのものや犯罪と言えるものもあった。だが、それらトラブルはあくまでも学会員間の問題であり、創価学会内部の問題であった。
しかし、創価学会では、単にトラブルや内部問題では済まされない凶悪犯罪者や社会問題化した犯罪者までも多く生み出されているという事実がある。
古くは昭和38年に吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐殺人事件を起こした小原保を始めとして、これまで起こった様々な兇悪事件や詐欺事件、破廉恥事件などなど、それら事件の多くには学会員による犯罪も多いのだという。
しかも、同じ事件で、犯人も学会員、被害者も学会員というケースもあるのだという。
勿論、他の宗教の信者や、他の信仰をしている者による犯罪も実際あるのは確かだが、創価学会員による犯罪の多さには驚かざるを得ない。
創価学会は日本最大の巨大教団であり、その信者数も他の宗教に対して群を抜いているだけに、犯罪者の数も圧倒的に多くなるのは必然だろうと思う。
何しろ創価学会自体が問題のある教団なのだから、その信者にも犯罪者としての素質のある者が多いのかも知れない。
いずれにしろ、一番馬鹿を見るのは、創価学会員として真面目に生きている会員ではないだろうか。
たとえ世間から非難されようとも、創価学会が好きで好きでたまらないという、いわゆる「池田名誉会長命」「創価学会バカ」と呼ばれるような者なら別に構わないだろうが、創価学会を好きでもないのに、ましてや信じてもいないのに学会員にさせられている会員こそ最大の迷惑を被っている者達だろう。



創価学会内のトラブル

特に選挙戦での結集力や、敵対者に対する結束力を見ていると、創価学会はまさに「鉄の団結」を誇る集団だと世間では思われているようだ。
確かに実際その通りではあるのだが、しかし、団結力があるから、学会員同士は皆仲が良いのかというと、実はそうでもない。現実には、学会員同士によるトラブルは結構多いのである。
特に多いのが金銭トラブルである。金の貸し借りによるトラブルや保証人問題でのトラブル、あるいは民音担当者による集金した金の着服などなど、筆者が学会員だった頃から、金にまつわる学会員同士のトラブルは身近でいくらでも見てきている。
それもヒラの会員よりも、地区部長や支部長クラスの中堅幹部による借金問題が実に多かった。
創価学会には「会員同士で金の貸し借りをしてはならない」という規約が一応あるのだが、地区部長や支部長などの幹部連中で、そんな規約を律義に守っている者など殆どいない。会員から年がら年中金を借りまくっている地区部長や、借金を踏み倒して平然としている地区部長など、そういう学会幹部が創価学会には実際にいるし、筆者は実際にそういう実例をいくつも見聞している。

保証人の問題についても、これは実家の親から聞いた話であるが、以前にブログにも書いた事がある元公明党議員のM氏の場合、同じ学会員の保証人になった事があるそうで、M氏が借金を肩代わりして返済してやったのだそうだ。その後、肩代わりして支払った金額を、借金している学会員に請求したそうだが、一向に返済しないので、ついに訴訟を起こして、学会員同士で裁判で争っているのだそうである。

更にそのM氏には、長男の結婚についてのトラブルもあったのだという。長男と隣の市に住んでいる看護師をしているという女子部員が結婚したのだが、「仕事が忙しい」というのを理由に結婚相手はいつまで経っても別居したままで、それで結局1度も一緒に住む事もなく、1年も経たないうちに離婚してしまったのだという。
M氏の奥さんは「あれは結納金をだまし取るのが目的だったんだろう。同じ学会員にあんな人間がいるとは!」と憤慨していたそうだ。

また、これも実家からの話であるが、Y婦人部長と婦人部員が一緒に車で買い物に行った時、婦人部員が用事を済ます為車から降りている間に、車に残ったY婦人部長が、その婦人部員から預かった財布からキャッシュカードを盗み、それで金を下ろして借金返済に使ったという事もあったそうだ。これは田舎の学会内でもよく知れ渡った出来事だそうだ。結局、その金は弁済したそうだが、Y婦人部長は何事もなかったかのように、座談会で御書講義をしているそうで、それをM氏夫人が「謹慎もしないで御書講義をするとは、全く反省していない!」と非難しているのだそうだ。このY婦人部長、以前には化粧品販売もしていた事があるそうで、その時は学会の組織を利用して婦人部員達に押し売りまがいの方法で売りつけていたのだという。筆者の母も強引に買わされた事があると言っていたものだ。その後婦人部員からの苦情で、上の幹部から注意されて化粧品販売は止めたのだという。

他にもまだまだ学会員同士のトラブルの実例はあるのだが、きりがないので、これくらいにしておこう。
それほど学会員同士の、特に金銭トラブルは多いのである。

勿論、このような金銭トラブルは他の宗教でもあるだろう。だが、特に創価学会では、この種のトラブルが圧倒的に多いようだ。それは、学会員同士による金銭トラブルが原因で創価学会を脱会していく者が多いという事実によっても裏付けられている。
そういう会員同士の金銭トラブルがあまりに多く、それが原因で脱会していく会員が多かったので、創価学会は金銭貸借を禁止する規約を作ったのだそうだ。しかし、その規約は殆ど守られていないというのが現実のようだ。

創価学会でこのような金銭トラブルが多いのは、創価学会の濃密な人間関係に原因があると考えられる。
言うまでもなく、創価学会は鉄の団結を誇るほどの組織力がある集団だ。その組織力故に学会員の間には濃密な人間関係が築かれる事になる。
濃密な人間関係は両刃の剣という両面があり、良い面としては人情深く、互いに助け合うといった形として表われるが、悪い面としては、借金問題や保証人問題などとして表われる。つまり、親しくなり過ぎると、それに甘えて、安易にすぐ金を借りたり、保証人を頼んだりといった事態になりやすいのである。

美輪明宏氏は「人間関係は腹六分が丁度良い」と言っていたが、筆者もそれに同感である。
創価学会の場合は、強力な組織力故に「腹十二分」くらいの濃密な人間関係になっている為、金銭問題も起きやすいのであるし、更に、借りた金を踏み倒したり、人のキャッシュカードを盗んだり、集金した金を着服したりする不届き者も多いのである。

それに創価学会では現世利益の功徳を強調しているから、借金を踏み倒したり、人の金を着服する学会員にとっては、それも信心の功徳のうちだと思っているのだろう。

これもまた創価学会らしい一面だと言えるだろう。

創価学会の、本当にあった笑える話&悲しきエピソード [9]  一家和楽になる為の教訓

創価学会の信心活動に熱心になればなるほど「一家和楽」になるどころか、「一家崩壊」の危機へと繋がるという事を前回書いたが、今回もその実例を書いておこう。
筆者の親類の中にも少数ながら学会員がいる。母の兄になる伯父夫婦と、父の義理の妹になる叔母一家がそうである。
この中でも伯父と叔母が特に熱心な学会員なのであるが、まずは伯父の方から書いておこう。
伯父と結婚した伯母も元々学会員だったのだが、それほど熱心な信者ではなかったらしく、伯父のあまりに熱心な信心活動ぶりに辟易していたようで、仲は良くなかったようだ。
特に正本堂建立の時には、伯母が大反対するのも聞かずに全財産を寄付してしまい、それ以後夫婦仲は悪くなる一方で、今まで何度も筆者の実家に「もう別れる、もう別れる」と言ってきた事があるのだという。

一方、父の義理の妹になる叔母の方だが、今は夫は他界して、子供(筆者にとっては甥)が3人いる。この一家も信心に熱心なのは叔母だけで、学会2世の甥達は皆創価学会を嫌っているそうなのだ。
その叔母の長男が数年前に同じ学会員と結婚した事がある。相手は婦人部長だったという。長男である甥は創価学会を嫌っていたのでその結婚には乗り気ではなかったそうだが、叔母と学会幹部が勝手に話を決めてしまい結婚させたそうである。
結婚当初こそ、叔母は筆者の実家に電話を掛けてくる度に「息子の嫁はよくできた嫁だ」とべた褒めしてたそうだが、そのうち、嫁さんの愚痴を言うようになったのだという。
というのも、嫁さんであるその婦人部長は全く家事をしないのだそうだ。何しろ婦人部長だから、学会活動で忙しく、家事をするどころか、殆ど家にいないのだという。
創価学会ではよく「仕事と学会活動の両立」だとか「家事と学会活動の両立」などという事を言っているが、それは実際には不可能な事だ。学会幹部が言うままに学会活動に熱心になればなるほど仕事も家事もおろそかになるのは当たり前の話だ。
家事を全くしない婦人部長にはさすがに叔母も甥も我慢できずについに離婚したのだという。
その後、甥は20歳以上も年下のお嫁さんをもらったのだそうだ。今度のお嫁さんは学会員ではないのだという。
ところが、今度のお嫁さんはまだ歳は若いがよくできたお嫁さんだそうで、結婚して数年経つが、叔母は今でも「今度の嫁はよくできた嫁だ」と電話をしてくる度にべた褒めしているのだそうだ。
さすがの熱心な学会員である叔母も、役職持ちの学会員の嫁は2度と御免だと身に沁みたようである。

こういう話は創価学会ではよく聞く話で、学会活動に熱心な嫁さんと同居している姑の立場になる人は、殆どが「うちの嫁は学会活動だといって外ばかり出歩いていて、ちっとも家事をしない」と愚痴をこぼすのだそうだ。
実家の母がそんな話を電話でしたばかりである。

ここで教訓を1つ。一家和楽の家庭を築きたいと思っている学会員は、学会活動にあまり熱心ではない相手を選んで結婚すべし。

創価学会の、本当にあった笑える話&悲しきエピソード [8]  一家和楽がない学会幹部

聖教新聞の功徳の体験談には、「信心のおかげで一家和楽の家庭を得られた」というような内容の記事が多く掲載されている。
また、創価学会の幹部が会員に指導する時にも、「一家和楽の信心を」という言葉をよく使う。創価学会で熱心に信心活動していれば、家族全員が仲良く和やかな家庭になるという意味である。
創価学会では、この「一家和楽」というものを信心による功徳の理想の形としているようだ。

だが、いくら理想の姿として掲げていても、現実はなかなか理想通りにならないものだ。それは創価学会でも同じである。
まず、会員に「一家和楽の信心」を説いている学会幹部に、一家和楽の家庭を築けていない者が多いという現実がある。
筆者が学会員だった頃所属していた支部でも、そこの支部長の高校生の息子が暴走族になっていた事があった。
そこの息子が中学生の頃に筆者は支部の男子中等部員(男子中学生の学会員)の担当者をしていた事があったのだが、家庭指導でそこの家に行って信心の話をしていても、その頃はなかなか素直な子供だなという印象だった。
その後、筆者は中等部員の担当者から外れ、しかもその後、創価学会を脱会したので、そこの息子とも疎遠になっていたのだが、それがしばらくすると、「支部長の息子は暴走族になって街中で暴れまわっている」という事を、同じく創価学会を脱会した人から聞かされて驚いたものである。
そこの家庭は父親が支部長、母親が地区担当員という幹部一家であったが、両親とも学会幹部をしていると、学会活動で家を留守にする事も多く、子供との触れ合いの時間も殆どないような生活になる。それが親子の断絶や非行へのきっかけとなったのだろう。

家庭よりも学会活動が大事という生活では、「一家和楽」どころか「一家崩壊」の信心になってしまうだろう。
創価学会も「信心は道理なり」などと言っているのだから、道理を無視して一家和楽の家庭など築けないのは当たり前の話だ。

創価学会の、本当にあった笑える話&悲しきエピソード [7] 殆ど読む者がいない創価学会のベストセラー本

創価学会からは『人間革命』や『新・人間革命』など、ベストセラーの本がいくつも出ている。創価学会から本が出版されれば、必ずベストセラーになるようだ。
しかし、実際に学会の本を買っているのは殆ど学会員ばかりで、一般人は殆ど買っていないようである。それはベストセラーランキングの動きを見てみれば明らかだ。
創価学会の書籍が発売されると、すぐにベストセラーランキングのベスト10に上がって来て、たちまち1位か2位にまで上り詰める。しかし、1週間もすると、すぐにベスト10から落ちてしまう。
このランキングの動きは、創価学会の本が発売されると、学会員が買わされるからである。学会員は買いたくなくても幹部から強制的に買わされる。しかも1世帯で何冊も買わされたり、単行本を買った後、同じ本の文庫本を買わされたりもする。だから、発売直後に一気にベストセラーランキングの1位や2位まで上がるのである。
だが、学会員以外の一般人は買わないから、すぐ売れなくなる。だから、1週間もするとベスト10の圏外に落ちてしまうという訳だ。
筆者の実家の本棚にも『人間革命』や『新・人間革命』などの学会本が何冊も並んでいる。しかも、『人間革命』や『新・人間革命』の場合、同じ巻の本が3冊も並んでいたりする。そして、単行本以外に同じ本の文庫本も何冊も並んで置いてある。明らかに幹部から強制的に買わされているという事だ。

それに、本がよく売れてるからよく読まれているとは限らない。特に学会本のベストセラーは読みたくもないのに幹部から強制的に買わされているだけだから、実際に読んでいる学会員は少ないというのが現状だ。
それは、筆者が学会員だった頃、「実はまだ読んでいない」という学会員が多かった事でも明らかだ。

実家の親も本棚にはいくつも学会本を並べているが、1冊も読んでいないのだという(笑)。
筆者の父親は意外に読書家で、特に歴史物と戦記物をよく読むのだそうだが、それなのに、学会本は買うだけで(買わされるだけで)、実際は読まないという。これもなぜ読まないのか理由を訊いてみた事があるが、その時の答えは「こういう本には関心がない」というものであった。

要するに、創価学会のベストセラー本は、「殆ど読む者がいないベストセラー本」の典型だと言えるだろう。

創価学会の、本当にあった笑える話&悲しきエピソード [6] タダでもらっても、誰も読まない聖教新聞

前回も書いたが、学会員は聖教新聞の新聞啓蒙つまり販売拡張のノルマを課せられ、新聞の部数を増やすセールス活動もしなければならない。しかし、学会員さえも殆ど読まないような新聞を、学会部外者が代金を支払って購読する訳もなく、結局、学会員はノルマを達成する為に、自分で何部も購読しては、それを友人や知人にタダで贈呈するという事になる。友人・知人だけではノルマを達成できそうもない時、学会員はどうするか。
そういう時は、日頃買い物に行く店屋に頼んで、無料で新聞を店に入れさせてもらうという手を使う。

近所の商店街を歩いていると、時々、店先に聖教新聞がポツンと置かれてあるのを目にする事があるが、あれなどがまさに、その実例だろう。その店の店主が学会員だから聖教新聞を店に置いているという事もあるかも知れないが、しかし、学会員なら、聖教新聞を店先に放置したままにはしないはずだ。
また、聖教新聞を商品を包むのに使う為に置いている場合は、使いやすいように束にしているはずで、放置したままにはしていないだろう。

そう言えば、筆者がよく利用している近所の薬局で、少し前から聖教新聞が置かれてあるのを見かけるようになった。
この店の店主が学会員でない事は、店内の奥の天井近くに神棚が祭られてあるのを見れば一目瞭然だ。
神棚を祭るのは創価学会にとっては大謗法になるのだから、ここの店主は学会員ではないという事はすぐ判る。
さて、その店先に置かれてある聖教新聞であるが、商品の上に無造作に折りたたまれたまま放置されてあった。
その店に行ったのが夕方であったから、朝からそのまま放置したままなのだろう。
新聞は折りたたまれたままで読んだような形跡もない。
筆者はよくこの店には行くのだが、その2日後に行っても、やはり聖教新聞が折りたたまれたまま商品棚の上に放置したままであった。
恐らく、顔見知りの学会員に「タダで良いから新聞を店に入れさせて欲しい」と頼まれたのだろう。しかし、ここの店主は読みたくもないから、そのまま商品棚の上に放置しているのだろう。
頼まれはしたが、内心迷惑に思っているのだろうと思う。
まあ、こんなものであろう。聖教新聞を喜んで読むような学会部外者がいたらそれこそ奇跡というものだ。

今日もこの店に買い物に行ったのだが、そこの商品棚の上に折りたたまれたまま放置されている聖教新聞を見ながら、「広宣流布の為、せいぜい新聞啓蒙にがんばってくれたまえ、学会員諸君」と思ったものである。
この地球が存在している間に創価学会の広宣流布が達成される確率は極めて低いとは思うが。

創価学会の、本当にあった笑える話&悲しきエピソード [5] 学会員も読まない聖教新聞 

近頃、テレビで聖教新聞のCMをよく見かける。「何のコマーシャルなのかな」と思ってつい見ていると、最後に「聖教新聞」と出て来て「何だ、聖教新聞か」と思ってしまうのだが、テレビでCMを流しているという事は、学会員以外の世間一般人向けに聖教新聞の宣伝をしているという事なのだろう。
しかし実際のところ、いくらテレビCMで宣伝したからといって、学会員以外の一般人があのCMを見て、「よし聖教新聞を購読してみよう」と思う者は皆無に近いだろう。CMを流すだけ無駄なだけだろうと思う。

確かに聖教新聞は公称発行部数550万部で、日本で発行されている日刊新聞では読売新聞(1000万部)、朝日新聞(800万部)に次ぐ部数を誇っているが、言うまでもなく、それは一般人も購読しているからという訳ではなく、学会員の1世帯で何部も購読したり、学会幹部から「聖教新聞の啓蒙をしろ」と言われて、知り合いに無料で贈呈する為に1人で何部も購読しているからであって、結局、聖教新聞を購読しているのは殆ど学会員だけというのが実態なのである。
筆者の実家の親も、以前に幹部から「新聞啓蒙、新聞啓蒙」とハッパをかけられて、3部ほど取って近所の知り合いに無料で贈呈していた事があったそうだ。

ところで、数年前の聖教新聞に、秋谷栄之助会長(当時)の発言として「聖教新聞ほど熟読されている新聞は他にはない」という自慢記事が掲載されていた事があった。確かに学会員の中にはそういう者もいるだろう。
筆者が以前所属していた支部の地区部長がそうで、この地区部長は『池田名誉会長命』と言えるほどの、あるいは『創価学会バカ』と言っても良いくらいの熱烈な池田名誉会長信奉者であり、創価学会信奉者であったが、いつも「朝一番に起きたら、まず聖教新聞をしっかり熟読している」と自慢げに言っていたものであった。
しかし、こういう者は学会内でも少数派だ。むしろ聖教新聞を読んでいない学会員の方が多いというのが実情である。
筆者の実家の親もそうで、両親とも聖教新聞は全然読んでいないという。父親などは以前に数年間聖教新聞の配達もしていて、永年新聞配達員を顕彰する記念品の楯まで授与されていて、周囲の学会員からは、さぞかし聖教新聞をよく熟読しているのだろうと思われているようなのだが、実際は全然読んでいないのだという。一般紙なら時間をかけてじっくり熟読しているそうなのだが、聖教新聞は全く読まないのだという。
それで以前、父になぜ聖教新聞を読まないのかと訊いてみた事があるのだが、その時の父の答えが「聖教新聞には読むべき所がない」という事だった。これには思わず笑ってしまった。これを父の周囲の学会員が聞いたら、皆腰を抜かすほど驚く事だろう。
まさに笑い話ではあるが、しかし、これは我が父親だけに限った話ではなく、学会員一般についても同じく言える事なのである。
というのも、普段、聖教新聞は毎日熟読しているというような顔をしている学会員であっても、話を聞いてみると、「聖教新聞は積読(つんどく)している」などと冗談めかして言い合っている者が多かったからである。冗談めかしてはいるが、実際、毎日学会活動に忙しく動き回っている活動家なら、聖教新聞を熟読しているヒマもないからである。
1人で何部も聖教新聞を取っていても、実際には読んでいないという学会員の方が多いというのが実際のところだろう。学会員よりも、却って、創価学会批判者の方が聖教新聞を始めとする創価学会出版物をよく熟読しているくらいだ。
要するに、発行部数は多くても、実際は殆ど読まれてないのが聖教新聞であるという事である。




創価学会の年貢の取り立ての時期

今月の2日から22日まで、創価学会では広布基金の振込期間だそうである。いわゆる創価学会の年貢の取り立ての時期という訳だ。
熱心な学会員なら喜んで振り込んでいるのかも知れないが、あまり熱心な学会員とは言えない実家の親は、税金の納付と同じように「仕方ない」と半ば諦めて納付しているようだ。
以前は、広布基金を納付する会場まで学会員が現金を持参して、そこで幹部と対面で手渡していたそうだが、今は銀行か郵便局からの振込なので、振り込まないでおこうと思えば出来ない事もなさそうだが、そこは創価学会の事だから抜かりはないようだ。
実家の場合だと、振込期限までまだまだ日にちがあるというのに、婦人部のY指導員がさっそく電話を掛けてきて「もう振り込みされましたか?」と訊いてくるのだそうだ。そこで「まだ振り込んでません」と返事しようものなら、連日のように電話を掛けてきては「振り込みましたか?」としつこく訊いてくるのだそうだ。
このY指導員はなかなか熱心な学会員で、選挙戦の時でも、実家の母は投票日に学会幹部が投票所への連れ出しに来るのを嫌っていて、それでいつも「期日前投票に行くようにしてますので」と幹部には言っているそうなのだが、その場合でも、期日前投票の期間はまだまだあるというのに、このY指導員がさっそく電話を掛けて来て「もう投票は済まされましたか?」としつこく訊いて来るのだそうだ。
それで近頃は母も、期日前投票の期間になったら、まだ投票してなくても「もう投票してきました」と言うようにしてるのだそうだ。嘘も方便といったところだろう。
勿論、同じ学会幹部でも人によると思うが、このY指導員はなかなかせっかちな性格らしく、家に訪問して来る時も、まずピンポン、ピンポンとチャイムを2度鳴らした後、ドンドンと玄関ドアを2度叩き、続いて名前を呼ぶのだそうだ。
普通、まずチャイムを1回鳴らして、出てくるのをしばらく待つというのがエチケットというかマナーだと思うが、このおばさんはそれが待てないらしく、いつも急かすようにチャイムを2回、ドアのノックを2回、それから名前を呼ぶという作業を間を置かずに行なうという事だそうだ。それで実家の親もチャイムが2回鳴った時点で、「ああ、Yさんだな」と判るそうである。

それはともかく、創価学会の年貢の取り立ては万全の体制が敷かれているようで、もう夏頃には学会幹部が広布基金の申込書を持ってきて書面に記入させるそうである。

何しろ創価学会には副会長だけでも200人くらいいるそうだから、こういう特権階級の連中に高給を支払わないといけないから、会員からの年貢の取り立ても万全を期して抜かりなくやらなければならないのだろう。

創価学会の、本当にあった笑える話&悲しきエピソード [4] 会員に踏み絵をさせる創価学会

筆者の実家では創価学会に関する笑える話が豊富にあるので、これからも続々と紹介していきたい。

そこで今回は、創価学会で踏み絵が行われたという話を書いておこう。

以前の話になるが、実家のある地域で、創価学会の支部の会合があった時の事。この会合には筆者の両親も参加していたのであるが、会合の終わり頃になって、支部長が突然、会合に参加していた会員に画用紙を配り始めたのだそうだ。画用紙には、創価学会と敵対している日蓮正宗の日顕法主の似顔絵が描かれていたという。
ちなみに、この支部長は絵を描くのが趣味だそうで、その似顔絵も支部長が描いたのだそうだ。

似顔絵の紙を配り終えると、支部長が「今からこの紙を床において、日顕の顔を皆で踏みつけてくれ」と言ったのだという。そしてまず、支部長自身が似顔絵を床に置いて踏みつけ始め、それに呼応するように、他の支部幹部や地区幹部達も、次々と同じように似顔絵の紙を踏みつけ始めたのだという。

まさに踏み絵である。

これにはさすがに我が両親も「そんな事できるか!」と言って踏みつける事はしなかったそうだ。他にも踏み絵をしなかった会員はいたという事だが、参加者の半分くらいは日顕法主の似顔絵を踏みつけていたという。

筆者の母は呆れた様子でこの話をしていたものであるが、実際にこの現場をこの目で見てみたかったものである。実に滑稽な光景だった事だろう。
まさに創価学会ならではの笑える話ではある。

創価学会という所は、傍から見ていると実に面白い団体だと思う。
しかし、反面、これが創価学会の怖さでもあるという事だ。
我が親が言うには、この支部長は普段は温厚な人柄なのだそうだが、盲信・狂信に陥ると、人格が変わったような事をしてしまうという怖さが、創価学会にはあるという事である。

この踏み絵の企画は上からの指示で行なわれたものなのか、それともこの支部の幹部達だけで決めた事なのかは判らないが、いずれにしても、創価学会の怖さを垣間見せた出来事であったと言えるだろう。



「孔子平和賞」も受賞できなかった池田名誉会長

中国の民主活動家・劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞に反発している中国では、北京の民間団体が、ノーベル平和賞に対抗して「孔子平和賞」を創設し、9日に授賞式を行なったという。初代受賞者に選ばれたのは台湾の元副総統・連戦氏であったが、連戦氏は受賞を拒絶したのだという。

それにしても、中国にとってこの賞を授けるべき人物と言えば、当然、池田名誉会長だろうと思っていたのに、以外な結果であった。

何しろ、あれだけ中国に対して媚を売り、温家宝首相が来日した時には、下にも置かない熱烈歓迎の待遇でもてなした池田名誉会長だったのだから、「孔子平和賞」を創設したのは中国政府ではなく民間団体とはいえ、中国にとってこの賞を授ける人物は池田名誉会長こそふさわしいと思えるからである。

ところが実際には池田名誉会長は顧慮だにされる事もなく、中国側からは全く無視された形になってしまったようだ。

「現代のナポレオン」こと池田名誉会長も軽く見られたものである(笑い)。

ノーベル平和賞受賞が無理なようだから、せめて孔子平和賞の第2回目の受賞者になる事を目指して、もっと中国に対してゴマをすっておいた方が良いだろうと思う。

なお、参考までに、以下に産経新聞の記事を転載しておこう。








中国 孔子平和賞
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