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反逆者続出の創価学会

それにしても創価学会という所は裏切り者・反逆者が続々と出てくる宗教だなと思う。今思い出しても、竹入義勝、矢野絢也、原島嵩、竜年光、藤原行正、大橋敏雄、福島源次郎といった大幹部・大物幹部の各氏が創価学会の敵となっている。
ごく最近(今年7月)には、「池田名誉会長の金庫番」と呼ばれていた側近中の側近・中西治雄氏が創価学会と対立関係にある日蓮正宗の信徒になっている。
この中には、自ら創価学会を去った者もいれば、創価学会から「不知恩の犬畜生」呼ばわりされて追放された者もいる。
いずれにしても、鉄の団結を誇る創価学会だが、まさかと思う大幹部が造反したり追放されたりしているから、組織の中枢の部分は意外に脆いのかも知れない。
直接関係のない第三者からすれば大幹部の造反・追放劇は面白い見世物ではあるのだから「もっとやれ」と言っておきたい。
創価学会の事だからそのうちまた反逆者が出てくるだろう。
期待してるぞ創価学会。
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身内から信用されていない池田名誉会長

前回のブログにも書いたように、学会員の身内には学会未入信者や入信していても学会の組織から離れている者が多い。
それは池田名誉会長の場合も同じで、名誉会長は10人兄弟(8男2女。本人は五男になる)だそうだが、そのうち、長男は戦死しているので除くとしても、創価学会に入信したのは名誉会長本人と四男の2人だけだそうだ。他の兄弟姉妹は名誉会長が創価学会のトップに登り詰めた後も入信していないし、創価学会との関わりがないようだ。しかも兄弟だけでなく、親戚にも学会入信者は極めて少ないのだという。つまり、名誉会長は身内からも親戚からも信用されていないという事なのだろう。
創価学会の親分がこのザマなのだから、一般の多くの学会員の身内が未入信や学会の組織から離れているのも当然ではあるだろう。


学会家族の実態

聖教新聞など創価学会の機関紙・誌には、家族全員が創価学会の信心に励み功徳を受けているという体験談が多いのだが、実際には、家族全員が熱心な学会員という家庭はめったにない。
熱心な学会員であってもその家庭を見てみると、夫が未入信で創価学会に反対しているとか、学会員ではあっても、息子が創価学会を嫌っていて、会合にも出てこない、題目三唱すらしていないといった具合に、必ずと言って良いほど、入信・未入信に関わらず、創価学会を嫌っている家族がいるものである。
それは末端の会員に限らず地区幹部や支部幹部などの家庭も同じで、日頃「折伏の成果を上げろ!」とか「自分の身内も折伏できなくてどうするんだ!」と活動家を指導している幹部の家庭でさえ、創価学会の組織から離れている家族がいるものである。
筆者が学会員だった時、担当している男子部員の中には親が幹部をしている家庭もあったが、息子の方は学会活動には全く顔を見せない者が多く、家庭訪問した際も、「学会の信心は親が勝手にやってるだけ。自分には関係ない」と反発していたものである。
会員に信心指導している学会幹部も、他人を指導する前に、まず自分の家族を指導しておいた方がいいだろう。自分の息子も指導できないのに他人を指導している場合じゃないだろう。


人間的な、あまりに人間的な創価学会 [2]

「人間主義」を標榜している創価学会だから学会員には人間臭さが溢れているのかも知れないが、同様に欲望や煩悩も強力なのかも知れない。
これも実家の母から聞いた話であるが、実家の地元に0婦人部長という圏幹部が住んでいるのだそうだが、このO婦人部長、勤めていた飲食店に客として来店した妻子持ちの会社社長と仲良くなり、そのまま略奪婚したのだという。
倫理観が欠如している創価学会だから、とにかく勝てば良い訳だから、略奪婚でも「大勝利」なのだろうし、「大功徳」なのだろう。社長の元夫人はそれから間もなくして病死。しかし天罰か、それとも元夫人の怨念か、その社長はその後糖尿病が原因で両足を切断し、以後寝たきりの生活となり、O婦人部長がずっと看病してきたのだが、数年前に死亡してしまったのだという。
この話は地元の学会員の間では有名な話だそうで、婦人部のおばさん達は顔を合わせるとこの話題を持ち出すのだそうだ。勿論、大っぴらには話せないので、皆ひそひそと話すのだそうだ。
このO婦人部長にしても、その他、学会内で金銭トラブルなど起こしている学会員にしても、実に人間臭さを体現している好例だと言える。それも、人間の持つ煩悩のありさまをまざまざと見せつけており、まさに人間的な、あまりに人間的な学会員の姿を示していると言えよう。欲望を全面肯定する創価学会だからそれも当然なのだろう。

人間的な、あまりに人間的な創価学会 [1]

少し前まで、聖教新聞社の書籍の新聞広告に「人間がいます。聖教新聞社の本」というキャッチコピーが使われていた。
確かに創価学会には牛や豚ではなく人間がいるのだろう(当たり前だが)。というよりも、創価学会という所は実に人間臭い宗教団体だと言える。勿論、どのような宗教であっても、神や仏が直接運営している訳ではなく、あくまでも人間が運営しているのだから人間臭さがあるのは当然ではあるし、それは創価学会も同じで、「創価学会こそ仏意仏勅の団体である」と大言壮語していても、結局人間が運営している団体なのだから人間臭いのは当たり前ではあるだろう。
その創価学会の人間臭さというのはどのようなものかというと、例えば、地区部長などが会合や学会活動が終わった後、他の地区幹部らと連れ立って居酒屋などに行き、酒を飲みながら支部長の悪口や愚痴を言い合う。これは筆者が学会員だった頃、よく見かける光景であった。
また、ブロック座談会や大ブロック座談会などの小規模の集会で、会合が終わった後、皆でタバコを吹かしながら、会合に来なかった人の悪口を言い合う。これは実家の母が地元の座談会の様子を話した内容なのであるが、実家のある地域の学会員には後家さんが多く、その後家さんの婦人部の役職者達が、会合の後にタバコを喫みながら参加していない人の悪口を言い合うのだそうだ。母はそれが嫌になって会合にはあまり行かなくなったと言っていたものである。
学会活動が終わった後、酒飲みながら上役の悪口や愚痴を言い合うというのは、世間一般のサラリーマンと同じだ。
後家さん達がタバコ吹かしながら人の悪口を言い合うというのは、暇なおばさん達が井戸端会議で人の悪口を言い合うのと同じだ。「どこが仏意仏勅やねん?」と言いたくなるほど世俗一般と変わらない。
「我々は題目唱えているから偉いんだ」とか「我々は学会活動しているから偉大なんだ」と言っている学会員がよくいるのだが、題目唱えたり学会活動していて、その結果が世間一般と変わらないなら、題目唱えていても学会活動していても意味がないではないか。
創価学会では、近頃頻りに「凡夫こそ偉大である」とか「庶民こそ偉大である」などと主張し、「凡夫本仏論」を掲げているようだが、いくら凡夫こそ偉大だと言っても、世間一般と変わらないなら偉大でも何でもないという事になるだろう。
以前のブログに、人の財布からキャッシュカードを盗んだ婦人部長などの記事を書いたが、「凡夫こそ偉大」だと主張している創価学会だからこそ、そのような人間臭さ漂う学会員が多いのだろう。


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