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自慢にもならない自慢記事

聖教新聞の13日付第1面に、「池田大作全集が26年連続ベストセラー 全集部門第1位」という大見出しが出ていた。例によって自画自賛による自慢記事で、今回は池田名誉会長の全集の自慢話になっているのだが、学会員に強制的に買わせていればベストセラーになるのも当たり前だ。その証拠に筆者の両親は学会の本は全然読んでないというのに実家には『人間革命』の同じ巻が数冊も置いてある。1世帯に同じ本を複数買わせているのである。これなら学会員だけが買ってもベストセラーになるのは当然で自慢にもならない。
実際、学会員以外に買う者はいない。学会員でさえも筆者の親のように読む気も起きないのだから、部外者の一般人がわざわざ買って読もうと思う訳もない。外部の学会シンパは無償で贈呈されているのだろうから、外部の学会賛美者でさえ自分では買っていないという事になる。
こんな自慢記事を読んで「創価学会はやっぱりすごい!」とか思うのは底なしのおめでたい人間以外には有り得ないのではないか。

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北朝鮮を見て創価学会を想う

北朝鮮で事実上のナンバー2だった張成沢(チャンソンテク)・前国防委員会副委員長が処刑されたそうだが、このニュースを見てすぐ創価学会が頭に浮かんだ。それほど北朝鮮と創価学会は似ているからで、北朝鮮メディアによる張氏への糾弾報道も創価学会メディアによる反逆者への非難記事とそっくりだ。
「生命尊厳」を標榜している創価学会だが、北朝鮮のような権力を手に入れたなら、反逆者を即死刑執行してしまいたいというのが本音だろう。それだけに、創価学会が国家権力を完全掌握するような事態になったら北朝鮮のような恐怖政治・恐怖社会が実現してしまいかねない。
このような記事を書くと、「そんなのは妄想に過ぎない」と一笑に付す学会員が多いのだが、一般会員でも知らないのが創価学会の正体なのであり、今は学会批判者をせせら笑っている会員も、そのうち学会に疑問を抱くようになり自らが学会批判をする立場になった時、そんな呑気な事を言っていられるかどうかだ。
「創価学会から守ってもらっている」と信じている学会員も多いが、それこそが妄想というものだ。



学会員総白痴化

今月は創価学会では財務の戦いの月なのだそうだ。学会員の中にも財務に疑問を抱いている人はたくさんいるようだが、創価学会を信じ切っている会員は何も考えずに振り込むのだろう。
財務に限らず、創価学会の信心というのは何も考えず幹部に言われた通りやってれば「信心強盛」と称えられ、それによって大功徳を得られると信じ込まされる。その結果、自分の頭で考えない幹部や会員ばかりが増える事になる。
学会幹部も会員から指導を求められた時、「もっと題目上げろ」とか「もっと熱心に学会活動に取り組め」という決まり文句を指導と称して言っておけば何も考えなくて楽だろうし、会員も幹部から言われた通りやっておけば自分の頭で考えなくて楽ではあるのだろう。
選挙戦をやれば功徳が出ると言われれば何も考えずに選挙活動をし、財務の戦いをすれば功徳によって何倍にもなって返ってくると言われればこれも何も考えずに寄付をすれば良い訳で、それで何か良い事があったら「これは功徳だ」と思い、何も良い事がなくても「悪い事がなかったからこれも功徳だ」と捉え、何か悪い事があったら「過去世の業が出たんだ」とか「信心が足りなかった、もっと頑張ろう」というような発想をする訳で、ある意味幸せな生き方なのかも知れないし楽な生き方なのかも知れない。
しかし、それは創価学会がいつも言っている主体的な信心とは言えず、自分の頭で考えずただ言われた通り動いているだけに過ぎない。創価学会には「愚直の信心たれ」という指導もあるが、要するに、平たく言えば学会活動家は「馬鹿になれ」と言う事なのだ。
昔、テレビの弊害として「1億総白痴化」という言葉が流行った事があるが、創価学会の場合も自分の頭で考えない学会員が増える事を「学会員総白痴化」と言えるのではないだろうか。

池田哲学とは

近頃の聖教新聞には、中国の大学に「池田大作哲学研究所」が設立されたという記事が度々掲載されている。
創価学会によると中国の大学で池田思想を研究する気運が高まり 、その研究機関がいくつも設立されているのだという。
そしてその記事の中で、そこの所長が「池田先生の生命哲学を知り、大変、感銘を受けました。先生の生命哲学と人間革命の哲理を学ぶなかで、人間福祉の向上へ努力していく決意です」と述べたと書かれてあった。
しかし、池田哲学あるいは池田思想と言っても「人間革命」とか「師弟不二」とか「生命尊厳」とか「反戦平和」とかしかないのではないか。仰々しく「研究する」ほどのものだろうか。
創価学会の仏教思想についても、学会教学では釈尊以来からの仏教思想を体系化して並べ、その頂点に立つのが創価学会であるかのように書いているのだが、勿論、これまでの仏教思想は中観思想にしても唯識思想にしても如来蔵・仏性思想にしても長い仏教の歴史の中で人師・論師と呼ばれる仏教思想家や集団によって培われてきた哲理・思想なのであって、創価学会は単にそれらを我田引水的に引用し利用しているだけでしかない。それをあたかも創価学会が法華経思想そして日蓮仏法によって集約し現代に構築しているかのように見せかけているだけでしかない。仏教思想については池田哲学・池田思想などというものは1つもない。
その頂点に立つという池田哲学なるものは先にも書いたように、「人間革命」「師弟不二」「生命尊厳」「反戦平和」くらいのもので、「生命尊厳」や「反戦平和」などは誰でも言ってる事であって特別に研究所で研究する程でもないだろう。あとは「人間革命」とは要するに学会活動によって厚かましい人間になる事でしかなく、「師弟不二」の方も「師匠が地獄に堕ちたら弟子も地獄の底まで付いて来い」という程度のものでしかなく、とても哲学とか思想などと呼べるものではなく、これまた大仰に研究する程のものではない。
ただ、「師弟不二」については、人権を無視して「国民は黙って付いて来い」と言っている共産党一党独裁の中国にとっては都合の良い言葉ではあるだろう。
それ以外にも、「仏法は勝負」「折伏闘争・題目闘争」なども「階級闘争」をしてきた中国共産党には気に入られそうだ。その点だけが中国で共感されている部分なのかも知れない。
 

哲学者が見落とす「人間革命」思想の実態

今月2日付の聖教新聞第1面と第2面に、小説『人間革命』執筆開始49周年記念の記事として(49周年とは半端な区切り方ではあるが)、アメリカ実践哲学協会会長のルー・マリノフ博士へのインタビュー記事が掲載されていた。
「創価の哲学はなぜ世界に広がったのか」という命題で、「人間は強いものであり”今””ここ”で変われる存在である」と説く創価学会の人間革命の哲学が、「人間は弱いもの、慰めを必要とする存在」とする精神風土の西欧社会には新鮮に受け取られたからであると博士は述べると共に、全ての人間に共通する内的な力と知恵の価値を知らしめ称える運動が人間革命の思想と実践なのであり、その運動が世界に共感を広げているのであると絶賛しているのだが、ただここで問題なのは「どのように変わるか」という事なのである。
確かに創価学会の信心と学会活動の実践によって人間は変われるのかも知れないが、「どのように変わるのか」という変わる方向性が重要になってくるのである。「良い方向」に変わるのか、「悪い方向」に変わるのか、それを見極めないうちに絶賛するのは早過ぎるというものだ。
マリノフ博士は人間革命思想の「内的な力によって変われる」という事だけを取り上げて称賛しているのだが、それはやはり創価学会の内実を知らないからである。創価学会の内情を知れば、学会員が学会活動によってどう変わるのかが判ってくるだろう。
マリノフ博士は「人々が道を誤る事なく、正しく生きる事ができるよう啓発し続ける精神の共同体こそ理想の社会であり、それを体現したものが創価学会である」と称賛しているのだが、そこが創価学会の問題点なのであり、「人々が道を誤る事なく、正しく生きる事ができるよう啓発し続ける」という事ができていないのが創価学会の現実なのである。それは最後に「他者への献身こそ真の自己実現の道」とする結論に関わってくるのだが、創価学会にとって「他者への献身」「他者に尽くす誓願」とは「創価学会及び池田名誉会長への献身」に他ならない。つまり、学会員は社会や学会部外者という他者に尽くすのではなく、池田名誉会長と創価学会に尽くす事を強要されているのである。
それが創価学会の「人間革命」思想の目的であり実態だと言う事ができるだろう。
所詮、マリノフ博士のような世界的な哲学者であっても、部外者は創価学会の実態など判るわけがないのだ。

本音が語れない創価系ブログ

近頃、ある創価系ブログが記事更新を終了したようだ。ブログランキングで常に上位にランクしていた有名なブログだったが、その内容はいかにも創価系らしく、池田名誉会長礼賛と創価学会大本営発表の丸呑み盲信記事ばかりであった。中でも特に面白く思ったのはそのコメント欄の書き込みである。
ある現役学会員が、池田名誉会長が会員の前に姿を見せない事について、「一般の会員には名誉会長がどこで何をしているのかさえ知らされていないという事に疑問を感じないのか」とコメント欄で質問をしているのだが、それに対してそのブログの管理者や他の学会員の閲覧者は「こんな事を書くのは学会員ではない」とか「外部の成り済ましに違いない」とか「疑問があるなら100万遍の題目を上げればよい。きっとご本尊が答えを下さるだろう」とか、質問に誠実に答える事もしないで最初から敵と見なして罵倒し排除しようとしたり、創価学会の決まり文句を並べているだけの有り様である。
要するに、このようなブログでは、創価学会組織の異常さや非常識さや反社会性、あるいは聖教新聞などに書かれてある理想と学会活動の現実との落差についての矛盾や疑問あるいは悩みなどを相談したり質問したくても寄ってたかって罵詈雑言を浴びせられる事になり、とても本音が書けないという事である。
同じ学会員でも、機関紙に書いてる記事や幹部の言う事だけを鵜呑みにして創価学会に一切疑問を持たない学会員だけが参加できるブログのコメント欄なのだろう。
「開かれた宗教」とアピールしている創価学会だが、内実は閉鎖的且つ排他的であり、その閉鎖性と排他性は1学会員のブログでも徹底されているようだ。
結局、創価系ブログでは本音を語れないから、学会組織に疑問や悩みを持っている人はアンチ創価ブログのコメント欄へと流れて行く事になる。悩みを持っている学会員に寄り添えるのは創価系ブログではなくアンチ側というのは皮肉な現象ではあるだろう。

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