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人格を磨けない学会活動

3月6日付聖教新聞第4面「世界広布新時代の旭日」という紙面座談会で、「信心で磨いた人格の輝き」という大見出しの記事が掲載してあった。この中で芸術部に属する芸能人の名を挙げて、「信心を根本に人格と技芸を磨き、仏法の偉大さを、芸術へと昇華させていく。その姿は、有名・無名を問わず、光り輝いています」という文章が書いてあったのだが、実際には学会活動の中で人格を磨いてる余裕はないだろう。学会活動家はいかに成果を上げるかという事を常に迫られていて、そこに人格を磨くという余裕はない。
もし、学会活動の中で人格を磨いているという者がいるとすれば、よほど活動にヒマがある者だと言える。
芸術部の芸能人が人格を磨いているのだとすれば、それはやはり学会の広告塔としての存在である為に、それだけの余裕が与えられているからだと言えよう。
広告塔でもない一般の活動家は常に成果主義の実績を求められており、成果を上げる為になりふり構わずあらゆる手段も辞さない構えで活動をしている訳で、そこに人格を磨いている余地はない。だからその結果として熱心な活動家ほど非常識になり、世間と軋轢を起こす事になるし世間から嫌われるのである。
そこで学会員に提言をしておくなら、人格を磨きたいなら学会活動から離れる事だ。学会活動に没頭している限り人格を磨く事は不可能だ。


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しらばっくれる創価学会

東日本大震災から3年となる11日の聖教新聞には、厳粛に追善勤行会を行なったという記事と共に、「『青葉の誓い』に生き抜け」という記事も掲載されていた。「青葉の誓い」と言っても、熱心な学会員以外には何の事やらと思うのだが、その文面から察するに、「東北広布に生き抜け」と言う事らしい。しかし、被災した学会員の中に、今でも東北広布に生き抜こうと思ってる者がどれほどいるのだろうか。
また、その記事には「今、創価の師弟によって築かれた「人材の城」は、世界192カ国・地域に威風堂々とそびえ立っている」とも書いてあるのだが、創価学会の組織が世界192カ国・地域に拡大していると誇らしげに言われても、被災した学会員にとってはどうでもいい事ではないのか。これまで広布の為にと無理して学会活動してきたのに、大震災で犠牲者を出し被災者となった学会員にとって、学会組織がどれだけ大きくなったといっても関係ない事ではないのか。
「信仰していても災害に遭う時は遭うし、犠牲者になる時はなる。それは当たり前の事だ」と人は言うだろう。確かにそれが道理であるが、創価学会はこれまでその道理を無視して「学会で信心していればどんな災害や事故に遭っても守られて助かる」と言って信者を集めてきたのである。そのような無責任な宣伝トークで信者を集めておいて、大震災で多数の信者が犠牲になり被災すると、「そんな事は言った覚えがない」かのようにしらばっくれている。
のみならず、「広布に生き抜け」即ち「もっと学会活動にがんばれ」と被災した信者を更にこき使おうとしている。
12日付の聖教新聞には、被災した学会員の声として「題目をあげて、学会活動ができる。これが一番です。一人も漏れなくこの信心で立ち上がんだ!」という大見出しを掲載していた。中にはそういう学会員もいるのかも知れないが、多くの被災した信者はそんな記事を見ても白けるだけではないのか。
また、3月3日付聖教新聞の「新会員のためにQ&A」という記事では、「長い人生には、自分の意思に関係なく起こる苦難があります。例えば、不慮の事故に遭ったり、家族が重い病を患ったり-これらは、信念と努力だけでは解決できない問題といえます。仏法では、過去から現在、未来へと続く三世の生命を説き、こうした宿命を信心の実践によって、必ず転換できることを教えています」と書いていたが、被災者にとっては説得力がないのではないか。
創価学会としては、大震災の犠牲者や被災者には「信心が足りなかったからだ」と言いたいのだろうが、それを言うと反発が起きそうで言えないだろう。しかし、創価学会の事だから「過去世の悪業の為に本来はもっと酷い目に遭う所を、転重軽受でその程度で済んだのだから、それは功徳だ」とでも言い出しかねない。
何とでも屁理屈を言って言い逃れをするのが創価学会だからである。


創価学会の「神話」崩壊

近頃の聖教新聞には「折伏精神を堅持して進め」とか「対話拡大へ心新たに!」などと折伏布教の号令をかける記事が目立っている。しかし今どき創価学会の折伏にどれほどの成果があるだろうか。
創価学会の折伏と言えば、「入信すれば何でも願いが叶う」とか「災害や事故に遭遇しても学会員だけは助かる」などと、いかにも創価学会に不可思議な力があるかのような宣伝文句で布教していたものだった。
昔の創価学会の宣伝ビデオにも「災害に遭遇しても学会の信心のおかげで助かった」という体験談が必ず入っていたものだ。
創価学会はそのような、謂わば「神話」を構築して信者を拡大してきたのだが、そこへ阪神淡路大震災が起き、そして東日本大震災が起きた。この2つの巨大地震では、学会員からも多数の犠牲者と被災者が出たのは事実だ。
去年の聖教新聞には、「何があっても皆さんを守る」という見出しに池田名誉会長の写真を大きく載せた記事があり、あたかも名誉会長に神秘的な力があって、その摩訶不思議な力で学会員を守っているかのような印象付けをしていたものだが、本当に名誉会長や創価学会にそんな神秘的な力があるのなら、阪神大震災でも東日本大震災でも、学会員から犠牲者や被災者が出る事はなかっただろう。しかし現実には創価学会は学会員を守ることができなかった。
この事実によって創価学会の「神話」は崩壊してしまったし、創価学会には何の力もないという事が証明されたと言ってよいだろう。
ところが当の創価学会は信者を守る事ができなかったのに、「恩を返せ」と居直っている有り様だ。どこまでも面の皮が厚いと言うしかない。
被災した学会員の中でどれだけ創価学会に恩義を感じている人がいるのか知らないが、このような無力な創価学会が今までのような「神話」を持ちだして折伏布教をしていっても新たに入信する人は殆どいないのではないだろうか。もはや創価学会の「神話」は通用しないのだから。



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Author:時空無限
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