スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

創価学会の功徳論について

創価学会で信心している者だけが幸福になり、学会で信心しない者は不幸になると豪語している創価学会だが、では、20代の若さで早死した池田名誉会長の次男や離婚した長男はどうなのか。創価学会流の現世利益論からすれば早死したり離婚したりするのは不幸ではないのか。次男が急死してまもなくの頃、名誉会長から「次男の死には何かの意味があるのだろう」というメッセージが会員に流されたそうだが、勿論意味はあるだろう。学会流の言い方で言えば「信心が足りなかったから」とか「創価学会では救われない」とか「罰が当たった」という意味があるのだろう。あるいは名誉会長は随分と人から恨まれるような事をしているから恨みによる呪いの結果だという見方もできるだろう。学会流の考え方で他にどういう意味があるのか。
そもそも元来の仏教はこの世は無常だから良い事も悪い事もあるのが当たり前で、良い事も長くは続かないから結局この世は苦の世界であるとし、苦しみを乗り越える方途として事物への執着から離れよと説く思想であったのであり、信心したから良い事があり、信心しないから悪い事が起きるという現世利益信仰ではなかったのである。学会部外者が不幸な目に遭うと「それは創価学会で信心してないからだ」と言っている学会員でも不幸な目に遭っているのが現実だ。それは池田名誉会長とその家族も免れる事ができないのである。故に、どの宗教を信仰しているから救われるとか救われないという事ではなく、苦しみに遭遇した時どのような気持ちで乗り越えるかという事なのである。それが本来の信仰の意義だろう。勿論、創価学会で信心する事が好きだというのなら学会で信心していけば良いのであるし、逆に創価学会が嫌いだという人は無理して学会にいる必要もない。無理して創価学会に入っていても必ず救われるという訳ではないからだ。それは他ならぬ名誉会長の長男と次男によって証明されているから確かである。
関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

時空無限

Author:時空無限
FC2ブログへようこそ!

人気ブログランキングに参加中
ご協力をお願いします


人気ブログランキングへ



こちらにもご協力をお願いします



最新記事
FC2カウンター
検索フォーム
月別アーカイブ
リンク
フリーエリア
カテゴリ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。