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「末法」は真理なのか [ 2 ] 

中国仏教で三時説と末法思想が成立する基になったのが、大乗経典の『大集経』である。
大集経には、仏滅後に仏法が衰退していく様子が予言という形で書かれてある。

大集経に説く仏法衰退の記述は次のようになっている。

「我が滅後に於て五百年の中は解脱堅固、次の五百年は禅定堅固、次の五百年は読誦多聞堅固、次の五百年は多造塔寺堅固、次の五百年は我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」

つまり仏滅後の最初の500年間は仏法によって悟る人が多く輩出し、次の500年間では禅定に励む人が多い。次の500年間は経典を読誦し説法を聞く人が多く、次の500年間は仏塔や寺院を建てるのが盛んになるが、最後の五百年では仏教徒の間で論争が闘わされ正しい教えが衰退してしまう、ということである。

この経典では予言という形になっているが、実際には大集経が成立した時期に仏教教団には堕落の面が表われており、その仏法崩壊の危機を予言という形で書いているのだと思われる。

この経典の仏法衰退思想が、中国で末法思想展開の契機になったようだ。そして、この末法思想が日本にも伝えられ、日本では、鎌倉時代がその末法に突入する時期として認識され、衆生を救済する新しい仏法として、法然の念仏信仰や日蓮の法華経信仰などの鎌倉仏教が成立していったのである。

この中で、日蓮は前回書いたように、「正法1000年間、像法1000年間、末法万年尽未来際」としているが、中国でも日本でも三時説のそれぞれの期間にはいくつもの説があり、また、仏滅時期(釈尊が死去した時期)もいくつかの説に分かれていて一定していない。だから日蓮が採用した三時説にも確かな根拠がある訳ではない。

なお、特に日本では末法思想と終末思想が混同されて広まったという経緯がある。
末法思想とは、仏法が衰退していき、仏の教えが時代を経て次第に通用しなくなるという思想である。そこに世情不安や天変地異は含まれない。したがって末法思想は「この世の終わり」を意味するものではない。

日本では末法思想とこの世の終わりという終末思想が混同されてしまったのである。特に日蓮の思想を見ると、鎌倉幕府に対して「末法になると天災地災・他国からの侵略・国内紛争などが起きて国が滅んでしまうから、他の宗派の信仰を捨てて法華経信仰をせよ」と迫り、国家諫暁を行なっている。これは明らかに末法思想と終末思想を混同した考え方だと言える。それだけに、日本では末法に対して恐怖感を抱いたのであろう。

以上のように、末法思想を宇宙の真理であるかのように主張している創価学会であるが、元を糺せば、中国仏教における創作であり、確かな根拠がある訳ではないという事なのだ。
この点においても、創価学会の主張は崩れ去っていると言えるであろう。
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