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宗教批判の原理を検証する

創価学会では、日蓮仏法が最も優れた法である事を示す宗教批判の原理として、「宗教の五綱」や「五重相対」「三重秘伝」等を掲げている。これらはそもそも日蓮が天台宗の教学を継承しつつ独自の観点も交えて立てた教相判釈であり、日蓮正宗の教学となっているものであるが、創価学会では日蓮正宗と訣別して敵対している現在でも、そのまま学会教学として使っているようだ。

ここで創価学会の宗教批判の原理について、一通り説明を書いておこう。煩雑な内容なので、読んでいるうちに頭が痛くなるかも知れないが、御辛抱頂きたい。

1.宗教の五綱……正しい宗教を見極める基準。

①教を知る……仏教を始めとして、その他あらゆる思想や哲学・宗教について、勝劣・浅深を見極める事。


②機を知る……教えを受ける衆生の機根の違いを知る事で、特に末法に生まれる衆生は貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)の三毒強盛な本未有善(ほんみうぜん)の機根である事を知る事。

③時を知る……正・像・末の三時の中で、今は末法である事を知り、時に適(かな)った教えを弘める事。

④国を知る……それぞれの国の気候、風土、状況や、どのような教えに縁があるかを知る事。

⑤教法流布の先後を知る……仏の教えが弘まっていく順序・次第を知るという事。


2.五重相対

①内外相対……生命の因果の理法を説かず、神の教え・意思に身を委ねて、それを外側に求めようとする「外道」(仏教以外の宗教・思想)よりも、過去・現在・未来の三世にわたる因果の理法を説いて、それを内側に求める「内道」(仏教)の方が優れている。

②大小相対……自己の解脱・悟りのみを目的とする小乗教よりも、自利・利他共に解脱・悟り、得脱せしめようとする大乗教の方が優れている。

③権実相対……大乗教の中でも、仮の教えである権大乗教(法華経以外の教え)よりも、真実の教えである実大乗教(法華経)の方が優れている。

④本迹相対……法華経の中でも前半部の迹門よりも後半部の本門が優れている。前半部は、釈迦仏は未だインドで誕生して菩提樹下で悟りを得た始成正覚(しじょうしょうがく)として、本仏が迹(あと)を垂れた、仮に現した姿を説いた法門に過ぎない。これに対し、法華経後半部、特に如来寿量品は、釈迦仏は菩提樹下で悟ったのではなく、実は久遠の大昔に悟りを得た久遠実成(くおんじつじょう)であった、と真実の姿を説いた。仮の姿の釈迦仏を説いた教えは迹門であり、劣った法門である。本地・本体である真実の仏の姿を説いた教えは本門であり、優れた法門である。

⑤種脱相対……種とは、下種(げしゅ)の事で、成仏得道の種を衆生の心田に蒔き、最初に仏法と結縁させる事。 脱とは、解脱(げだつ)の事で、 熟した仏の種から茎が伸び成熟して開花するように成仏する事。
釈迦仏の説いた法華経本門の経文上では、過去世に下種された本已有善(釈迦仏の機縁がある)の正法時~像法時の衆生を成仏せしめる脱益の教えである。これに対して、過去世に下種を受けていない本未有善(釈迦仏の機縁がない)の末法時の衆生には、釈迦仏の説いた法華経では無益であり、過去の暦のように用を為さない意味のないものである。従がって法華経本門の文底にある、本因妙・文底下種益の南無妙法蓮華経を信受しなければ成仏・得脱する事はできないという。


3.三重秘伝……日蓮正宗・創価学会などでは、権実・本迹・種脱相対を三重秘伝と呼び、特に種脱相対をもって日蓮大聖人の出世の本懐・文底独一本門・事行の一念三千を明かしたとする。この種脱相対は日蓮正宗のみに伝えられてきた法門であり、諸宗各派が知らないという意味で秘伝という。


以上であるが、この内容は、純粋に哲学思想研究として見るならば、よく論理的に組み立てられた思想であり面白みもあると思うが、ただ、他の宗教や思想を批判する基準としては無理があると思う。

この宗教批判の原理の根本的な欠点を言うならば、実証性と客観性がないという事だ。全て主観的立場だけを基準にして組み立てられていて、客観的な基準がない。

例えば、宗教の五綱の中の大小相対は大乗教が小乗教より優れていると言っているが、それはあくまでも大乗仏教側の立場だけでの判断でしかないし、「権実相対」では実大乗教たる法華経が、仮の教えでしかない権大乗教より優れていると言っても、それもまた天台智顗(てんだいちぎ)の主観的見方でしかなく、そこには全く客観性がない。
あるいはまた、例えばキリスト教徒にこれらの宗教批判を示して、「キリスト教は因果の理法を知らない外道だから、仏教よりも、ましてや我が日蓮仏法よりも劣っている」と誇らしげに言ってみても、相手のキリスト教徒からは「それがどうした?」と言われるのがオチだろう。
そこにはキリスト教徒を納得させるだけの客観性がないからである。これらの宗教批判は全て主観による判断でしかなく、主観によって自己満足しているだけの話だからだ。これでは万人を納得させるのには無理があるだろう。

いずれにしても、釈尊が法華経を説いたという歴史的事実はなく、「今は末法の時だから、末法時代に適った法を弘めるべきだ」などと言っても、それも中国仏教での創作でしかないのであり、いくらよく論理的に構築された思想であっても、実証ができていないのだから宗教批判の原理としては無理だと言うしかない。これでは日蓮仏法や創価学会が最も優れた宗教・思想だという証明にはならない。


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