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折伏行とは強引な布教法だったのか

創価学会が社会に与えた迷惑行為で最も大きなものは、やはり何と言っても「折伏行」になるだろう。
終戦後、創価学会を再建した戸田城聖第2代会長が号令を掛けた「折伏大行進」から始まり、悪質商法並みの過激で強引な布教によって教線を伸ばし、破竹の勢いで勢力を拡大してきた創価学会であるが、それによって世間を騒がし、社会から大きな批判を浴びせられてきたのは周知の事だ。
創価学会は「折伏行は宗祖日蓮大聖人の教えであり、今末法の時代は、唱題行と共に折伏行を実践しなければ成仏できないし、また、末法の衆生は機根が悪質だから折伏でなければ救えないのだ」と主張して強引な布教を正当化してきたのであるが、では、本来の仏教で説く折伏とはどのような教えであったのか。

そもそも「折伏」という考え方が出てくるのは大乗仏教からで、大乗経典の「勝鬘経(しょうまんきょう)」や「大日経(だいにちきょう)」を出典とする。
「折伏」は「摂受(しょうじゅ)」とセットになって説かれており、折伏が相手の間違いを厳しく責めて「破折屈伏(はしゃくくっぷく)」させることに対し、摂受は相手の間違いをいったん容認して、穏やかに説得しその間違いを正していくことをいう。釈尊以来の本来の仏教では、この摂受の化導法だったと言える。

大乗仏教においては、本来は折伏も摂受も共に衆生を化導する上で重要視されているが、日蓮は、末法時代の日本では摂受よりも折伏の方が適した布教法であると断定し、折伏一辺倒の布教を行じたのである。しかし、それはあくまでも日蓮個人の思い込みであって、「末法時代は折伏だけを行じるべし」という確かな根拠がある訳ではない。

しかも、日蓮は、法華経の『常不軽品(じょうふぎょうぼん)』に説かれてある常不軽菩薩をもって折伏の正しい行法例としているのであるが、そこには、常不軽菩薩が人々から誹謗中傷を受けながらも、そのような人々を軽んずる事なく礼拝してゆく修行法が説かれてある。
日蓮は、常不軽菩薩のように人々から誹謗中傷されて迫害を受けても、ひたすら正しい真理(正法)を求め、また理路整然と伝えていくことが真の折伏である事を説いているのであって、創価学会のような悪質商法並みの強引な布教をせよなどと説いている訳ではないのである。

この点においても、創価学会は仏教の本質からも外れているだけでなく、宗祖・日蓮の教えにも背いている事になるのである。



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