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部外者から助けられても「学会の信心のおかげ」

これまで学会員が世間から嫌われる理由をいくつか書いてきたが、もう1つ嫌われる理由を書くなら、特に盲信的な学会員は学会部外者から助けられても、「それは信心のおかげ」とか「学会のおかげ」としか思わないという事がある。
ネット上にはそのような学会員に対する批判の書き込みが見受けられるが、当ブログでも学会員の役職者や幹部の中には外部の友人・知人に泣きついて助けられている者がいたという記事を書いたが、そのような学会員達も「これも信心の功徳だ」とか「諸天善神が助けてくれた」としか思ってないようで、ますます学会の信心にのめり込む者が多かった。
確かに、困難な状況から助かった時、信仰している神や仏など見えない存在のおかげだと感謝するのは信仰者としてはあると思う。テレビの番組でも、災害などで奇跡的に助かった外国人が「神に感謝します」と述べる場面を見かけるが、それは助かったのは自分の力のおかげではないという謙虚さの現われではないかと思う。
ひるがえって盲信的な学会員の場合を見てみると、部外者から助けられても、「それは自分の信心が強盛であったから」とか、「創価学会で信心しているから助けられるのは当たり前」といううぬぼれの気持ちや学会部外者を見下す気持ちがあるようだ。つまり、部外者が助けてくれたのは信心による諸天善神の働きであり、結局「自分の信心がすごいから」といううぬぼれの気持ちになるのではないかと思う。
しかもその上、そのすごい功徳がある創価学会の信心をもっと広めなければと、助けてくれた部外者にまで折伏をしようとする非常識な学会員もいるようで、そういった非常識で独善的な学会員の態度が嫌われる理由になるのだろう。
要するに、自分の信じているものだけが正しく他のものは全て間違っているという他を見下す創価学会の独善性が嫌われているのである。

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