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自己紹介 [1]

創価学会を批評する前に、先ずは筆者自身について語っておきたい。

筆者の両親は創価学会の会員であり、筆者も幼い頃に入信させられていて、物心ついた頃にはすでに学会員であった。いわゆる学会2世である。

そのように小さい頃から創価学会の環境の中で育った為、子供の頃は創価学会の思想を当然の事と思い、創価学会に疑問を抱く事もなかったのであるが、しかし長ずるにつれ、創価学会への矛盾点や疑問点を感じるようになっていった。

特に「仏法は勝負なり!」「戦え!」「闘争しろ!」「大勝利せよ!」と叫ぶ創価学会の闘争思想と体育会系の雰囲気にはどうにも馴染む事ができず、違和感だけが増大するばかりであった。

そんな中、そもそも創価学会が主張する学会教学なるものは果たして真理・真実なのかという疑いを持つようになり、独自に仏教の研究を始めたのだった。

当時、筆者は全くの無知蒙昧であり、思想としては学会教学しか知らなかったのであるが、先ずは、創価学会以外の宗教文献を読む事から始めて行ったのだ。

そうしている中で行き着いたのが近代仏教学の文献であった。それまでの宗派的立場による伝説化あるいは神話化された仏教思想ではなく、科学的手法による歴史的事実としての仏教研究に辿り着いたのである。

特に中村元氏や増谷文雄氏の著書を中心にして、仏教の歴史と思想の成り立ちを学んでいったのであった。

無論、学問としての仏教学と信心・信仰としての仏教教学を同列には論じられないが、少なくとも、その信仰している思想の歴史観が歴史的事実であるかどうかという事くらいは正しく認識しておく必要があるだろう。

歴史的事実と合わない、あるいは歴史的事実を無視した、または歪曲した神話化された仏教史観を事実だと信じるならば、それは迷信となり、あるいは盲信・狂信となってしまうからである。

そうして近代仏教学による仏教の歴史を学んでいくと、創価学会の主張する仏教史観は、歴史的事実と異なる事が判ってきたのである。







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