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”不軽の精神”を語るのもおこがましい創価学会

今年元日の聖教新聞第7面「教学随想」のページに「仏教は「対話の宗教」」と題し、宗教哲学者ブーバーの「確信から確信への真の対話、胸襟を開いた人格から人格への真の対話」という言葉を引き、そのような対話が成り立つには、相手を同じ一個の人間として認め、相手を真に尊敬する心が不可欠だとし、それを体現しているのが不軽菩薩の礼拝行であり、その精神と実践を現代の世界に蘇らせたのが創価学会であると自賛しているのだが、創価学会がこれまで行なってきた折伏といえば、相手を見下し軽んずるような尊大さや人格を無視した強引さによる布教であり、不軽菩薩とは正反対の事をしてきたのである。
そういう場合、創価学会は「それは一部の会員が成果を焦って暴走し勝手に行なった事である」と信者のせいにし、責任逃れをしているが、成果を焦らせ暴走させたのは他ならぬ創価学会なのである。
創価学会が軽んずる事なく尊敬の心で接する相手は権力者や著名人くらいのもので、一般庶民に対しては人権を無視するような態度で接してきたのが事実である。そのような創価学会が「現代に”不軽の精神”をよみがえらせた」とはそれこそおこがましいというものだ。

なお、この点について、秀逸な考察をされているブログ記事を見かけたので、参考にされたい方はこちらを参照していただきたい。⇒ 想学談林-管理者の部屋



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