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組織信仰は信仰ではない

「創価学会の組織を離れて成仏も幸福もない」「学会の組織から離れたら地獄の境涯に堕ちて不幸になるしかない」というのは創価学会の決まり文句であり、筆者が学会員だった頃も幹部からよく言われたものである。そこには創価学会の組織そのものに神秘的な力があり、その学会組織にしっかり付いていけば救われるというような教義とも言えない単なる迷信があるのみなのだが、いわゆるバリ活と呼ばれる熱心な学会員ほどその迷信を信じ込み、学会の組織に依存してしまい、そこから離れる事ができなくなってしまうものだ。
言うまでもないが、信心とか信仰というのは究極的には個人の心の問題であり、集団としての組織に付いて行くとか組織の歯車になって行動するとかという事は信心や信仰そのものではない。
その点について、先日、ある学会員のブログを見ていたら、こういう記事が書いてあったので、勝手ながらその一部をここに引用させていただいた。

[引用ここから]

「まずは『自立した信心を』と願ってやまない。
組織についていようがいなかろうが個人でも信仰は可能なのを私自身が証明している。
『御本尊様と自分』というのが本来の『信心』であるから。
『組織』は日蓮仏法を伝え学ぶ機会を与える『方便』なのだ。
『方便』を信じて『御本尊様』をなんとなく次に持ってきてしまっては本末転倒であるから。
間に『組織』を挟んでしまうと今は『組織信仰』に陥りかねないし実際そうなってしまっている学会員が増えてきている。
それでは信仰しているのではなく、会社組織と変わらない『運営者の1人』ということでしかないから」

[引用ここまで]

学会員の中にもこのブログ管理者のように組織信仰に疑問を持ち、学会の組織とは距離を置いている人もいるが、そのような考えに至る為には学会の組織とは距離を取るしかない。学会組織にどこまでも付いて行くバリバリの活動家は組織への依存から解放されるのは難しいだろう。
創価学会は学会組織から離れる信者や組織活動をしない信者を「退転者」と見なし、退転者がいかに悲惨な目に遭うかという事を信者に吹きまくっているが、その手法は信者を依存させる為に使うカルトの常套手段であり、裏を返せばそれは創価学会がカルトである事の証だと言える。
ちなみに、筆者は創価学会の組織から離れても別に悲惨な目には遭っていないし、特別に不幸になった事もない。それどころか、学会の組織を離れて却って人生を楽しめるようになったし、生きる事が楽になったというのが実感である。
勿論、創価学会に戻りたいなどとは夢にも思っていないし、戻る必要もない。
創価学会に戻りたいと思うようになったら人生も終わりである。

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