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創価学会がカルトである事の定義と特徴

少し前に「ある創価系ブログについての一考察」という記事にも書いたように、熱心な学会員は創価学会がカルトであるという事を夢にも思ってないようで、「創価学会はカルトだ!」という指摘に対しても、どこか他所の国の事ででもあるかのように自分達とは無関係のような態度を取るのだが、カルトの定義及び特徴に照らし合わせれば創価学会がカルトである事は明らかだ。それでもカルトの定義や特徴が判らないという学会員や創価学会がなぜカルト視されるのか判らないという学会員の為に、ここにカルトの定義及び特徴について記しておきたい。
ここでは『ウィキペディア』の「カルト」のページから、その定義及び特徴を転載し、それぞれの項目(あるいはそれぞれの条件)に対応する創価学会の特徴を記しておきたい。


【 カルトの定義・特徴 】

マイクル・シャーマー(アメリカの科学史家)によれば、一般的に以下のように性格づけられる。

指導者に対する崇拝
聖人、あるいは神格に向けられるものとさして変わらない賛美。


創価学会の場合⇒ 池田名誉会長を宗祖・日蓮と同等かそれよりも格上であるかのように賛美し、その存在が本仏と同じであるかのように幹部指導が行なわれ、信者に個人崇拝させている。


指導者の無謬(むびゅう)性
指導者は絶対に間違いを犯さないという確信。


創価学会の場合⇒ 池田名誉会長の言う事は全て正しく絶対に間違いがないという幹部指導が行なわれている。


指導者の知識の広さ
哲学的な事柄から日常の些細なことまで、指導者の信条や口にすることはなんでも無条件に受け入れる。


創価学会の場合⇒ 池田名誉会長の言う事は全て正しい事として無条件に受け入れなければならない雰囲気が作り出されている。


説得のテクニック
新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なものから威圧的なものまで手段はさまざま。


創価学会の場合⇒ 未入信者には創価学会に入信しなければ不幸になるかのような脅迫めいた言説の折伏を行ない、信者に対しても学会活動をしなければ不幸になるかのような脅しや、いかに池田名誉会長と創価学会から恩を受けているかという事を吹き込み、恩を返さない者は犬畜生よりも劣るという言説によって威圧し活動に駆り出している。


秘密の計画
信仰の真の目的と計画が曖昧としている、あるいは新規入信者や一般大衆にはそれらが明確に提示されていない。


創価学会の場合⇒ 日蓮の教えによって幸福境涯を築くと謳っているが、日蓮の教えにない選挙活動や機関紙の販売拡張の営業などに信者を駆り出している。


欺瞞
入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関してすべてを知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような不備や厄介事に発展しそうな事件、あるいは状況は隠蔽されている。


創価学会の場合⇒ 池田名誉会長が表に出てこない状況が長く続いているのに信者に真実の理由を知らせないなど、実際の状況を隠蔽している。


金融面および性的な利用
入信者や信徒は、その金銭およびそのほかの資産を差し出すよう説得され、指導者には一人かそれ以上の信徒との性的関係が許されている。


創価学会の場合⇒ 毎年の財務において、高額の金額を寄付すれば大きな福運が付くなどと幹部が指導している。


絶対的な真理
さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見いだした究極の知識に対する盲信。


創価学会の場合⇒ 創価学会こそ絶対的に正しい教団であると信者に盲信させている。


絶対的な道徳観
指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しくあてはまる、思考および行動に関する善悪の基準への盲信。その道徳の基準にきちんと従えば、組織の一員としていられるが、そうでない者は破門されるか罰せられる。


創価学会の場合⇒ 自己と家庭を犠牲にしてでも学会活動に励む信者が学会組織では称賛され、学会活動に参加しない信者は誹りや皮肉を浴びせられる。

 
以上であるが、全ての項目に創価学会は当てはまっている。つまり、創価学会はカルトの条件を全て満たしているのである。
勿論、このような形式的な事に厳密に当てはまるかどうかが重要なのではなく、そしてカルトかカルトでないかという形式的なレッテル貼りが重要なのではなく、疑問と矛盾を抱いているのに無理をしてついて行ってないかどうか、そして無理してついて行って幸福感を得られているかどうか、更に、それによって自分だけでなく周囲に迷惑を掛けていないかどうか。そういった事を省みて疑問や矛盾が解消されず自分も幸福感を得られず、更に周囲に迷惑しか掛けていないのならば、それはすでに信仰の目的から外れているのであり、もはや信仰する意味も価値もない事なのである。 
創価学会では熱心に学会活動に従えば従うほど疑問も矛盾も増えるばかりであり、幸福感も遠ざかり、周囲にも迷惑を掛けてしまうだけというのが現実である。常識ある人間ならそのように感じる事だろう。
創価学会で熱心に学会活動に励んで幸福だと思ってる学会員がいるとすれば、よほどの鈍感な人間か、よほどの非常識な人間くらいなものではないだろうか。
創価学会はカルトであるというのは、カルトの条件を全て満たしているからという事は勿論だが、結局熱心になればなるほど幸福になれないという事が創価学会がカルトである事の証拠だと言ってよい。
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