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創価学会における人生の末路

創価学会では、退転者の末路は哀れで悲惨な死に方をするなどと信者に思い込ませているし、それを信じている学会員も多いようだ。しかし、筆者はこれまで退転した人や学会活動に生き切った活動家の生き様をそれぞれ何人か見てきたが、勿論、個々人によって人生航路は様々であり、全てとは言えないが、退転者の方がその後は自由と楽しさを満喫する人生が多く、学会活動に生き切った活動家の方が却って悲惨な末路になっている事が多いようだ。
例えば、筆者の親と近しくしていたM氏夫妻の場合、公明党議員だったM氏がガンで亡くなった直後、夫人は座談会で「今まで夫の浮気で地獄の人生だった」と告白して皆を仰天させた事があったと当ブログ記事に書いた事があったが、その夫人はその後も学会活動に熱心で、高齢で脚が弱っている為、シニアカー(高齢者用の電動車両)に乗って学会活動に出かけていたそうなのだが、ある日、いつものように学会活動に出かける為、シニアカーに乗って道路を走っていると溝に脱輪して倒れ、その時頭を打ってしまい、病院に搬送されたがそのまま亡くなってしまったのだという。
学会幹部は「どんな死に方をしても最後まで熱心に学会活動に生き切ったのだから成仏は間違いない」と言っていたそうだが、勿論それは学会幹部が希望的推測で断定しているに過ぎないのは言うまでもない。
当ブログはスピリチュアル思想がテーマではないので、死んだ時や死んだ後、当人はその時どう思っているかとか、どういう心の状態であるかという事には踏み込まないが、ただ、客観的に見れば、いつも創価学会が言っている事を当てはめるなら、M夫人は悲惨な死に方であり、悲惨な人生の末路という事になるだろう。
創価学会としては学会活動に生き切った学会員はどんな死に方をしても成仏したと言いたいだろうし、退転者はどんなに幸福そうな人生で終わっても「地獄に堕ちている」と決めつけたいものだ。
実際は当人がどういう心の状態であるかというのは当人以外には知る由もないが、少なくともはっきりしているのは、学会活動に生き切ったから平穏無事で人生が終わるとか、創価学会を退転したから悲惨な目に遭うなどとは言えないという事である。
M氏夫妻は悲惨な末路のように見えても学会活動に生き切って幸福だったのかも知れない。それは人それぞれだから、そういう人もいる事だろう。そしてそれはあくまでもM氏夫妻の場合の話なのである。仮に、学会活動に生き切ったM氏夫妻は亡くなる時幸せだったとしても、誰でもそうしなければならないという訳ではない。M氏夫妻のような生き方をしても苦しく不幸しか感じられないという人もいる訳である。
だから、学会活動に苦しみしか感じられないという人は無理して学会活動する必要もないし、創価学会にしがみついている必要もないのである。無理して創価学会にしがみついていても、M氏夫妻のような人生の終わり方になるかも知れない。その時、創価学会に無理して居続けてそのような目に遭って納得できるかどうかだ。
納得できないと思う人は創価学会から離れた方がはるかに増しというものだ。


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