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「徳を積む」という観点から考える

筆者の母によると、学会員の伯父は創価学会の財務には生活が苦しいのに無理して何口もの寄付をしているようなのだが、町内会での各種の寄付(社会福祉協議会・日本赤十字社・赤い羽根・小さな親切運動・歳末助け合い等々)には目安金額よりも著しく少ない金額しか寄付してないそうだ。勿論、町内会での各種募金は強制ではなく、目安金額もあくまでも目安ではあるが、ただ、それなら創価学会にも何口も寄付する必要はないのだが、伯父が言うには、学会の財務に寄付すれば功徳があるが、一般の各種募金に寄付しても功徳はないからなのだそうだ(笑)
学会員は一般の各種募金についてはどう思ってるのか聞いたことがないから判らないが、盲信者・狂信者は伯父と同じような考えを持ってるのかも知れない。だから盲信してる会員は借金してでも財務に寄付してる訳で、それはひとえに功徳を受けたいが為ではあるのだろう。
しかし、それこそ本末転倒というものだ。「徳を積む」という観点から見るなら、歳末助け合いの募金や赤十字社の募金や社会福祉協議会の募金などがよっぽど世の為・人の為になる事であり、その方が「徳を積む」行為になるだろう。
翻って創価学会はと見れば、熱心な学会員は学会は正しい宗教だから福運が付くなどと思っているようだが、創価学会のような大金持ちに寄付してもそれは「徳を積む」行為にはならない。金持ちをより肥え太らせるだけの行為でしかないのだから、そこに徳を積む要素などないと言ってよい。ましてや、振り込め詐欺にせっせと金を振り込んでも世の為・人の為にはならないのと同様、創価学会のような宗教を騙った悪質企業に寄付しても悪を助ける行為でしかないのだから、徳など積めないし、ましてや功徳など出る訳もない。
寄付をする場合、世の中や人の為に役立つかどうかで考えれば、自ずとどれが「徳を積む」行為になるか判るはずだ。
創価学会にいくら寄付しても大金持ちの学会職員の役にしか立っていないし、第一、創価学会は社会の役に立つ所か社会の害にしかならないのだから、そんなものに寄付しても無駄でしかないのは当然だ。
こういった事が伯父を含めた盲信学会員には判らないようだ。あくまでも自分が功徳を受けたいという観点でしか考えてないからだ。


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