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創価学会の教学の程度

かつて創価学会は自ら「宗教界の王者」と豪語し、学会教学が完璧であるかのように誇示してきたが、実際はどうか。

創価学会はこれまで「過去世で法華経を誹謗した者は今世では法華経になかなか巡り合う事ができず、不幸な人生になってしまう。過去世で法華経を信仰した者は今世でも法華経に巡り合って幸福な人生を送る事ができる。だから来世も法華経に巡り合う事ができるようにしっかり法華経に帰依せよ」と主張してきた。

しかし、世間を見回せば判るように、法華経を信仰していなくても、創価学会で信心してなくても、幸福に生きている人々や成功の人生を生きている人々はいくらでもいるものだ。逆に、創価学会で信心していても、なかなか幸福になれない学会も大勢いるものだ。この点については創価学会の教学では説明がつかない。
学会員が不幸続きの場合、創価学会は「それは過去世で犯した法華経誹謗の宿業があるからだ。こういう時こそますます信心強盛(しんじんごうじょう)になって学会活動に励まなければ宿命転換できない」と主張しているが、では、学会員ではない者が幸福な人生や成功の人生を生きている事についてはどう説明するのか。

筆者が学会員だった頃、幹部にこの点を質問した事があったが、その幹部はしばらく答えに窮した後、「学会で信心してない者が一時的に幸福そうに見えても、それが絶対的な幸福とは言えない。人生は最後まで見てみないと判らないものだ」と言った後、「幸福というものはただ世間的に成功したそういう一時的な現象に惑わされずにしっかり学会で信心を貫く事が大事なんだ」と答えにならない結論付けで締めくくったものであった。
要するに、創価学会の教学では納得のいく説明ができないし、それだけの理論もないという事だ。
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