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人間的な、あまりに人間的な創価学会 [1]

少し前まで、聖教新聞社の書籍の新聞広告に「人間がいます。聖教新聞社の本」というキャッチコピーが使われていた。
確かに創価学会には牛や豚ではなく人間がいるのだろう(当たり前だが)。というよりも、創価学会という所は実に人間臭い宗教団体だと言える。勿論、どのような宗教であっても、神や仏が直接運営している訳ではなく、あくまでも人間が運営しているのだから人間臭さがあるのは当然ではあるし、それは創価学会も同じで、「創価学会こそ仏意仏勅の団体である」と大言壮語していても、結局人間が運営している団体なのだから人間臭いのは当たり前ではあるだろう。
その創価学会の人間臭さというのはどのようなものかというと、例えば、地区部長などが会合や学会活動が終わった後、他の地区幹部らと連れ立って居酒屋などに行き、酒を飲みながら支部長の悪口や愚痴を言い合う。これは筆者が学会員だった頃、よく見かける光景であった。
また、ブロック座談会や大ブロック座談会などの小規模の集会で、会合が終わった後、皆でタバコを吹かしながら、会合に来なかった人の悪口を言い合う。これは実家の母が地元の座談会の様子を話した内容なのであるが、実家のある地域の学会員には後家さんが多く、その後家さんの婦人部の役職者達が、会合の後にタバコを喫みながら参加していない人の悪口を言い合うのだそうだ。母はそれが嫌になって会合にはあまり行かなくなったと言っていたものである。
学会活動が終わった後、酒飲みながら上役の悪口や愚痴を言い合うというのは、世間一般のサラリーマンと同じだ。
後家さん達がタバコ吹かしながら人の悪口を言い合うというのは、暇なおばさん達が井戸端会議で人の悪口を言い合うのと同じだ。「どこが仏意仏勅やねん?」と言いたくなるほど世俗一般と変わらない。
「我々は題目唱えているから偉いんだ」とか「我々は学会活動しているから偉大なんだ」と言っている学会員がよくいるのだが、題目唱えたり学会活動していて、その結果が世間一般と変わらないなら、題目唱えていても学会活動していても意味がないではないか。
創価学会では、近頃頻りに「凡夫こそ偉大である」とか「庶民こそ偉大である」などと主張し、「凡夫本仏論」を掲げているようだが、いくら凡夫こそ偉大だと言っても、世間一般と変わらないなら偉大でも何でもないという事になるだろう。
以前のブログに、人の財布からキャッシュカードを盗んだ婦人部長などの記事を書いたが、「凡夫こそ偉大」だと主張している創価学会だからこそ、そのような人間臭さ漂う学会員が多いのだろう。


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